三角格子上のフラストレーション
  skirts
  slacks

カゴメ銅鉱物における軌道スイッチと軌道フリップ現象 (2012/6/13)

-解説-

三角形の格子点上にスピンを置いて、それらの間に反強磁性相互作用(スピンを逆向きのペアにしようとする力)がはたらいているとどうなるでしょうか。まず2つ分をペアにしてみてみましょう。すると、残りの1つはどちらを向いて良いかわからない状態になります(左図)。これがいわゆるスピンフラストレーションという現象で、低温における基底状態にスピン液体などのエキゾチックな現象が現れるとされています。この舞台として盛んに研究されているのがカゴメ銅鉱物で、カゴメはまさに日本語のカゴの網目の形を語源としています。広井研グループでは、このカゴメ銅鉱物に着目した研究を長年行なっており、ボルボサイト(Volborthite、右上図)やベシニエイト(Vesignieite)などの多くの注目すべき物質の合成を行なって来ています。物性の研究を行う際に重要なのは、なるべくクリーンで質のよい単結晶を得ることです。特にフラストレーション物質では、クリーンでないと本質的な性質が隠されて、転移がない=スピン液体?といった、結局よくわからない状態になりがちです。
最近、元広井研(現NIMS)の吉田氏が、このボルボサイトの単結晶化に初めて成功しました。この単結晶を用いてX線測定室のCCD回折計で測定したところ、驚くことにこれまで言われてきたC2/m相とは別のI2/a相が室温で存在していることが判明しました。これは、C2/m相のc軸方向が倍になった超格子構造にあたります。低温での単結晶構造解析の結果、この相変化の原因は、Cu1サイトの軌道がC2/m相でのdz2からI2/aではdx2-y2へ軌道が変化していることが判明しました(右下図, 石川氏提供)。Cu2サイトもありますが、これは両者でdx2-y2となっています。温度を上げると310K付近でC2/m相へと元の構造に戻ります。従って、この310K付近でCu1のサイトの"軌道がスイッチ"する構造相転移が存在することが明らかになりました。これは、ペロブスカイト型Mn酸化物で見られる軌道無秩序-秩序転移とは異なり、新しい物理現象を発見したと言えます。
さらにごく最近、現広井研M2の石川君がさらに質の良い単結晶の作製に成功し、X線回折測定を行った所、なんと室温でまた別のC2/c相を発見しました。これもC2/mの2c超格子構造ですが、I2/aとはdx2-y2軌道のパターンが違います。低温では、吉田氏が見出したI2/a相へと変化するので、こちらは、軌道スイッチではなく"軌道フリップ"現象が起きていると言えそうです(右下図, 石川氏提供)。
さて、これらの多彩な相が存在する原因は、何でしょうか。今のところ詳しくわかっていませんが、おそらく結晶中に存在する結晶水の配向が、水素結合を通してCu-Oのヤンテラー歪を変化させ、それが軌道の変化をもたらしているのではないかと推測しています。そのため、わずかな水の欠損があると、Cuの軌道状態に違いが出てくると考えています。この辺の話は、もう少し研究が進んだら詳しい事が判明すると思われます。ご期待ください。

参考文献等
H. Yoshida, J. Yamaura, M. Isobe, Y. Okamoto, G. J. Nilsen, and Z. Hiroi, Nature Commun. 3 (2012) 860. (DOI:10.1038/ncomms1875)
H. Ishikawa, J. Yamaura, Y. Okamoto, H. Yoshida, G. J. Nilsen and Z. Hiroi, Acta Crystallogr. C68 (2012) i41. (DOI:10.1107/S010827011202536X)
広井研TOPICS
物性研ニュース(Todai Researchにも掲載)