図1. LaTiO2Nの結晶構造と電子密度 (PF BL-8A)skirts
  図2. La-EXAFSのRスペクトルとQスペクトル (PFAR NW10A)skirts
  図3. LaTiO2NのPDFプロファイルと極性ナノ構造 (J-PARC NOVA)skirts

マルチスケール構造解析であぶりだした極性ナノ構造 (2020/6/16)

-解説-

今回は、遷移金属酸窒化物の構造のお話です。遷移金属の周りには酸素だけが配位しているものが多いですが、酸素と窒素両方が配位しているものもあり、それを酸窒化物と呼んでいます。混合アニオン系の一種で光触媒や高誘電体、非毒顔料としての期待があります。NIMSの大橋氏からLaTiO2Nペロブスカイト(図1左上)をいただいて解析してみると、既存モデルでは説明のつかないピークがありました。それが図1の044/440ピークのところです。ちなみに、このX線プロファイルは1 Åと少し長めの波長で測定しています。結晶性がベストではないので高エネルギーにすると問題が見えなくなるためです。Fobsが正確に出ない問題に悩みつつMEM電子密度解析すると、図1右上のような引き伸ばされた電子密度が出てきました。これが、044/440の不一致の原因と思われました。ところが、既存モデルの部分群でいくら解析しても、あちらを立てればこちらが立たず状態で袋小路に陥りました。

そこで、La吸収端でEXAFSを測定して、図2左側のRスペクトルをさらにTiとLaエリア(Laから見たそれぞれの距離圏)で切り出して、逆フーリエ変換してみました。これは、上記の電子密度の異常があったからです。すると、図2右のようにビート(くびれ)が観測できました。ビートは、わずかな距離差から発生する波のうねりです。このビートは既存モデルからのずれを意味しており、局所的にはやはり低対称化を示唆しています。また、Laに観測されないのは、乱れではないということも示しています。ちなみに測定は31 K、相転移関係なくEXAFSは冷やすと格段にデータがよくなるためです。

より詳細な構造を見たいと思い、中性子PDF(2体相関関数)解析を行いました。PDFは距離スケールを変えて解析できるのが特徴です。解析してすぐに長距離(図3左上、8-20 Å)では既存モデルImmaで合っていて、ナノスケール(図3左下)ではImmaモデルで合っていないことがわかりました。Immaの部分群の中から電顕の結果と整合するモデルIma2を構築すると、FITがかなり改善しました。図3で示したIma2構造モデルは、電子密度やEXAFSとも整合します。Ima2は極性構造を持つため、平均的にはImmaのnon-polarでもナノ領域ではpolarというわけです。リラクサーで観測されている極性ナノ構造を見出したと言えそうです。ただし、リラクサーは化学的不均一が起源と考えられ、酸窒化物の場合はO/Nの配置が起源と考えられます。O/Nの配置もある程度絞り込めていますが完全ではないので、より踏み込んだモデルが必要そうです。今回の解析で気づいたのは、ナノの歪が平均構造に現れているために、これまで広く議論されてきたO/N長距離秩序の議論に問題がありそうなことです。今後は、マルチプローブ/マルチスケール解析を武器にこの辺も明らかにしていこうと思います。今回の知見と次の合成サイクルに活かしたいと思っています。

参考文献
[1] J. Yamaura et al., Chem. Commun. 56, 1385 (2020).