Physical Properties Measurement System (PPMS)

著者: 本光 英治、 博士後期課程1年生 (2003年度)

1. どんな装置ですか? 何がわかりますか?

 PPMSは、液体ヘリウム温度(限界は~2K)までの低温、あるいは、10T以上の高磁場以上での物性を測定するために開発された、統合測定システムです。

 この装置は、液体ヘリウムを貯蔵し、測定対象となるサンプルを設置するサンプルルームと、外部から温度や電場、磁場のコントロールを行い、測定を行う制御系からなります。 サンプルルーム内部には液体ヘリウムが貯蔵されており、驚くべきことに1.9Kという極めて低い温度まで冷却をすることが出来ます。測定できる物性も、電気伝導度、磁気抵抗、ゼーベック係数、ホール特性、磁化率、半導体デバイスのI-V特性と多岐にわたります。購入して間もない装置でありますが(2003年12月現在)、半導体の研究に力を入れている当研究室において今後主力となる装置です。 

2. どんな原理で測定できるのですか?

@磁気抵抗、電気伝導度測定(4端子法)

 当研究室が力を入れて取り組んでいる電気伝導体の導電率、あるいは抵抗率を測定する方法です。 直方体の形状に加工したサンプルに対し図のように四つの端子をイオンコーターなどを用いて作ります。4つの端子のうち両端の端子は、直流電流発生源に、内側の2端子は電圧計に接続します。このときにサンプルに流した電流の大きさをI、電圧の大きさをVとするとオームの法則より、

が成立します。 抵抗Rはサンプルの厚さをT、幅をW、そして電圧測定端子間の長さをLとすると、Rはサンプルの長さに比例し、断面積に反比例するので、比例定数(抵抗率)をrとして

の形で表され、両式から抵抗率は、

(Ω cm)

 の形で表すことが出来ます。σは電導度と呼ばれ、単位は(S cm-1)であります。 抵抗率や電導度は、抵抗とは異なりサンプルのサイズで規格化された値である為、その値は物質の電気の流れ易さの指標として使われます。また、4端子法は端子と電極間の接触抵抗による影響を小さくすることが出来る測定法であります。 抵抗率の温度依存性を測定すると、半導体の抵抗率は温度の増加とともに減少し、金属の抵抗率は増加するという傾向が見られます。

Aホール測定

  半導体におけるホール効果を利用して半導体の伝導型(p型、n型)、キャリア濃度、移動度、伝導度の測定を行うことが出来ます。  ホール効果について、図を交えた解説を行います。 半導体材料に電界をかけると、半導体中のキャリアは、電界に追従した運動を行います。このときのキャリアの速度をvとします。この状態で図中に示すような磁場Bをかけると、キャリアはローレンツ力qv×B(ローレンツ力は外積ベクトル)を受け、下図中に示すようなキャリアの偏りが半導体材料中に生じます。

その結果、ホール電圧VHが発生します。このホール電圧を計測すると、半導体の伝導型を知ることが出来ます。 図中上段がp型半導体の、下段がn型半導体の場合のホール効果を図示したものです。ホール起電力の正負が逆であることがわかります。

 ホール起電力によって生じた電界EHからキャリアが受けるクーロン力とローレンツ力とが定常状態にあってつりあっているとき、

…(3−1)

が成り立ちます。 さらに

…(3−2)

なので、式(3−1)、(3−2)からホール起電力は、

…(3−3)

で表すことが出来ます。 キャリア密度をpとすると電流Iは、単位時間内に導電体断面中を通過する電荷量なので、

…(3−4)

であらわされます。式(3−3)、(3−4)よりvを消去すると、

…(3−5)

…(3−6)

RHはホール係数であり、p型半導体の場合は正、n型半導体の場合は負の値をとります。 電気伝導度σは

…(3−7)

で表されます。さらに移動度μは

…(3−8)

で表すことが出来ます。 このようにして半導体のホール効果を利用することで、半導体材料の、移動度、伝導型、キャリア濃度などの半導体評価における重要な特性の評価を行うことが出来ます。

 

Bゼーベック係数測定

 ゼーベック係数の測定に関する説明は「高感度ゼ−ベック係数測定装置」に譲ります。M1の大野氏が大変解りやすい説明をしています。 PPMSの冷却機構や電気特性の計測機構を利用してゼーベック係数の温度依存性を測定する装置を現在作製中です。こちらもM1の大野氏が柳助手と一緒に奮戦中です。不肖本光英治もプログラム制御の方で尽力するつもりです。完成までしばしお待ちください。

C磁化率測定

 PPMSには磁化率測定の機能が搭載されています。 この装置は大きく分けて磁場印加用の超伝導磁石、磁束検出用のコイルやサンプルをコイル内で上下させるための機構等からなります。 磁化率は、磁性体をコイル中で上下させる事によってコイル中で起こる磁束変化によって誘起される電磁誘導から誘導電流を計測することにより測定することが出来ます。

 磁性体は@常磁性体、A強磁性体、B反強磁性体、Cフェリ磁性体、D反磁性体などに分けられます。 特に@の常磁性体は、永久磁気双極子モーメントを持つものの、熱などの影響によりその向きが乱雑化されている磁性体のことで、外部磁場を印加することにより双極子モーメントの向きをそろえることが出来るものの、外部磁場が0になると再び双極子モーメントの向きがランダムになり、マクロな自発磁化が存在しなくなります。磁化率−温度曲線は以下に示すキュリーの法則に従い、磁化率は温度に反比例します。

またAの強磁性体は、一方向に揃った双極子モーメントをもつ磁性体で印加磁場に対する磁化曲線は特殊な履歴を描くことが知られており、図に示すように残留磁化の存在が認められます。また、印加磁場の方向を逆向きにすると磁化の向きも反転させることが出来るのも大きな特徴です。

Bの反強磁性体は隣り合う双極子モーメントが反平行に配列した磁性体で全体の自発磁化は打ち消されて0となっています。  強磁性体、反強磁性体の性質はある臨界温度を超えると常磁性体としての性質を示します。この温度はそれぞれキュリー温度、ネール温度と呼ばれています。 これらの臨界温度以上の領域では、以下のようなキュリー・ワイスの法則

に従います。 TWはワイス温度と呼ばれるものであり、強磁性体では正、反強磁性体では負の値をとる事が知られています。 また、強磁性体のワイス温度はキュリー温度に非常によく一致します。 Cのフェリ磁性は、隣り合う双極子モーメントが反平行に並んでいる磁性体です。反強磁性体と異なるのは、反平行の磁気モーメントの大きさが異なるために自発磁化が存在する点にあります。

 Dの反磁性はすべての物質が持っている磁気的性質でもあります。反磁性の原因は電磁気学におけるレンツの法則により、外部から磁場を印加するとその磁場を妨げる方向、すなわち印加磁場の方向とは逆向きの磁化を示します。そのため、負の磁化率を示すが、その値は−10-6(emu/mol)程度であり、温度にはほとんど依存しないことが知られています。スピンを持たない閉殻電子構造の物質の場合、全軌道角運動量も全スピン角運動量も0であるから、永久磁気モーメントを持たないので、この反磁性のみがみられます。