光電子分光装置 (PES:Photoelectron Spectroscopy)
著者: 菊池 麻依子、修士課程1年生(2005年度)
1.
どんな装置ですか? 何がわかりますか?
光電子分光装置とは、物質に光を照射することによって物質中の電子を外部に叩き出し(たたき出された電子は光電子と呼ばれます)、その数と運動エネルギーを測定することにより、物質中の電子が占有する状態のエネルギーと状態密度(DOS)を知るための装置です。
光電子分光法には,紫外線を用いた紫外線光電子分光法(UPS:
Ultraviolet Photoelectron Spectroscopy)と、X線を用いたX線光電子分光法(XPS:
X-ray Photoelectron Spectroscopy)などがあります。UPSでは"価電子帯"や浅い"内殻準位"の電子状態、XPSでは固体内の原子核付近で深い内殻準位に束縛されている電子状態まで知ることが出来ます。
私たちの研究室ではこのXPS,
UPS, IPESを用いることにより、その半導体材料の電子構造を明らかにし、さらにバンド理論と併用することで物性解析の手段の一つとしています。

図1 X線・紫外光光電子分光装置
2.
どんな原理で測定できるのですか?
a) XPS,UPS
光源として特性X線や紫外線を用いることで、入射光に単色光を用いることができます。このエネルギーhνの光子を固体に入射すると、物質内で"ある結合エネルギー"を持っている電子は光子からもらったエネルギー"hν"から"結合エネルギーEB"分と"仕事関数W"分だけエネルギーを失って伝導帯の真空準位より上の準位にたたき上げられ、固体表面から放出されます。したがって入射光として、高エネルギーのX線を用いれば、固体内の原子核付近で深い内殻準位に束縛されている電子までたたき出すことができますし、また、紫外光を用いれば、"価電子帯"や浅い"内殻準位"の電子をたたき出すことが出来ます。そして一定のエネルギーの入射光によって外部にたたき出された光電子のもつ運動エネルギー分布を測定すれば、光電子スペクトルとして占有準位(内殻準位や価電子帯)の状態密度を得ることができるのです。

図2 光電子分光法の原理
3. この装置の特徴
- 成膜チャンバーとつながっているため、成膜した材料を外部へ出すことなく光電子分光装置まで移動し、測定することができ,さらにこの動作を繰り返し行うことが可能です。
- UPS、XPSと共に試料表面クリーニング用のイオン銃が装備されています。
- UPS測定においては、放電管から試料室へとつながる紫外光の経路である石英管の径が通常のUPSのそれよりも小さく,また3段階の差動排気によって試料室内をおよそ10-10Torrという超高真空に保ち,測定することが出来ます。
- 測定の方法
紫外線照射、X線照射によって試料の表面から放出される電子の数と運動エネルギーを測定するわけですが、その電子のエネルギー分析は静電半球アナライザーと呼ばれるエネルギー分析器を使って行われます。アナライザーに入射した電子はアナライザー内部の偏向電極間にかかる電場によって曲げられて進み、スリットを抜けた後、チャンネルトロンと呼ばれる検出器によって検出されます。偏向電極間にかかる電場はパスエナジーと呼ばれ,アナライザーに入射させる電子の運動エネルギーを決める役割をしますが、測定方法にはこのパスエナジーを一定にして測定する方法と変化させて測定する方法の2種類があります。
A) パスエナジー一定での測定
一定にしたパスエナジーをEpとします。Epよりも低い運動エネルギーをもつ電子は加速され、高い運動エネルギーをもつ電子は減速されて、運動エネルギーをEpにしてアナライザーに入射します。パスエナジー一定での測定では、このときの電子の加速・減速に要した運動エネルギーを測定します。
B) パスエナジーを変化させての測定
最低の運動エネルギーをもつ電子から最高の運動エネルギーをもつ電子まで、Epを変化させてアナライザーに入射し、運動エネルギーを測定します。
A) と比較すると、B)では、アナライザーが一定の分解能を持っていてもパスエナジーが高い場合には検出できる電子数が多く、低い場合には少なくなり、検出できる電子数の誤差が大きくなってしまいます。そのため,一般的にはA)の方法で測定が行われます。
- マルチチャンネルトロンを使うことにより、迅速、あるいは、より感度・精度の高い測定が可能です(合計7つのチャンネルトロンが同時に電子を検出します)。
図2 測定イメージ図